日本初?二宮町温室メロン栽培、津波到達を記す地蔵の歴史から北斎 西光寺住職にきく

今日は食べ物でもなければ、道具でもなく、住職のおはなし。

二宮育ちの私。小さいころから通う川勾神社に行った帰り、たまたま神社からすぐ近くのお地蔵さんに見知らぬ説明立札があることに気が付いて、はたしてどんな説明書き?と看板に近寄って読んでいたところ…写真の住職が声をかけて来て…聞いたおはなしです。

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お地蔵さんは袖切り地蔵というお地蔵さんで、1791年に作られたもの。切通しの一部が崩落したので今はコンクリートで保護されて、お地蔵さんは少し移動して現在の位置に来られたのだとか。

二宮町西光寺 住職袖切り地蔵 西光寺

お地蔵さんに刻まれた歴史を通りがかりのワタシに丁寧に説明してくださった住職。ホームページ用に写真を撮ってもイイと許可をいただいたので撮らせていただきました。

袖切り地蔵

山西中学校手前の切通し。この先の木々の中に相模の国二宮の川勾神社があります。200年以上前、当時の川勾の住民総動員で道を通したそう。左側はコンクリでおおわれていませんから、当時のまま?

西光寺 樹齢500年 かやの木

本堂前の樹齢500年といわれるかやの木。こんなところに立派な木があるのを知りませんでした。この木の南側はかつて、明治時代に下関の紙問屋さんが越してきて、メロンを作っていた温室があったとか。当時同町にあった県の園芸試験場の技師を招いて日本初のメロンの栽培をして、そのできたメロンを千疋屋に届けたとか。日本初の落花生栽培が二宮ー大磯という話は知っていましたが、メロンの温室栽培日本初だったとは驚きです。ちょっと興味が出て、ネット上で日本初温室メロンを調べてみましたが、二宮が出てこない。日本における温室メロン栽培で検索すると磐田市の大正7年。新宿御苑の明治20年なんていうのも出てきてよくわかりませんでした。しかし、隣町大磯に別荘を構えていた大隈重信がメロン栽培をしていて、1919年(大正8年)日本で最初のマスクメロン品評会が大隈邸で開催され、大隈邸で栽培された新品種の「早稲田」と命名されたマスクメロンが一等賞を獲得していたと新宿高野フルーツのホームページに記述があり、つながりがある?かも?また、この西光寺の近隣の神社、川勾神社が相模の国二宮で、相模の国一宮の寒川神社の寒川町はメロン栽培が大正時代から行われているという記述が寒川町商工会にありました。相模神社つながりもあるのか?

子育て延命地蔵 津波到達の歴史

袖切り地蔵の6年後、この地域を大津波、伝染病が襲い、多くの子供を失って作られたという子育延命地蔵。この場所まで津波が来たのか…寛政九年の地震はどこの震源か?寛政九年で検索しても見つからなかったのですが、1797年で検索するとありました。インドネシア・スマトラ島。津波が発生して日本まで到達したかの記述はありませんから違うかもしれません。いずれにしても、この地まで津波が来たことは心にとどめておかねばと思いました。この周辺の地形に関する記述が橘地区地区自治会のページにありました。住職も言っていたこの辺りは砂丘に囲まれた湖で500年前の地震で川がせき止められたのを押し切ってできたのが今の押切川…というお話とも合致。自然災害の記録も地名になったりするのですね。2007年の台風で小さいころから慣れ親しんだ二宮の海水浴場砂浜が一晩で消滅した経験を思い出しました。どうしようもない自然災害って突然やってくるもの。東北の震災の地にもかつての津波の後はあったわけですし、土地に残っているそういった歴史は大切に読み解くのが知恵というものなのかも。

 

ワタシも近年知ったのですけど、

葛飾北斎 富嶽三十六景 相州梅沢庄

相州梅沢左 二宮あの北斎の二宮町?の版画。梅沢っていうのは地名には残っていないけど、呼び名として残っている地名(?)私の小学校の時の地区は梅沢でしたので、ちょっとこの一枚は知っておきたい一枚なんです。今日聞いた西光寺はこの版画と近いところなのではないかと住職に聞いたわけではないのですが、想像してみたのです。版画屋さんの解説では「梅沢は、二の宮の庄にあって押切川のほとりで富士が眺められる場所」とあり、西光寺の近くではないか?押切川は1498年に押し切って流れた後なので合ってる(当たり前か)川勾神社は画面右? 別の金沢文庫の版画屋さんの解説には押切川は出てこないが、実際に行かれた考察が謎解きっぽくおもしろい。富士山手前の山が矢倉沢岳とはナルホド。浮世絵はデフォルメした景色が多いと言いますから、架空の景色説も納得ですが、版画を買って旅した人が現実と違ったらがっかりでしょうから、きっと江戸時代の二宮はこんな感じだったのかなぁ。すこーしイメージが深まりました(笑)

なにげなく立ち寄った看板から、そこに寺があったことすら知らなかった寺の住職の語り継がれた話。何やら不思議な縁を感じました。なので、これで忘れてしまうのももったいないなと思い、掲載いたしました。メロンの話が出てきたのはホント意外でした。機会があれば二宮、寒川のメロンを食べてみたいものです。ちなみに二宮町はミカンの北限、リンゴの南限で、ミカンとリンゴが一緒に栽培できる土地って珍しいらしいです。ああ、気が付けば、やっぱり食べ物もぐもぐ日記だわ(笑)

 

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